年末年始



今日は仕事納めの二十九日。

終業時間の午後五時より幾分早く仕事を片付け、一年間共に頑張った机と電話にご苦労さんの気持ちを込めてピカピカに磨く。

課長の締めの言葉を聞いたら、明日から四日まで正月休みに入る。

六日間もやで。盆休みでも四日間や。そやのに、あまりゆっくり過ごした記憶が無い。

何でかわからんけど、いつも気が付いたら四日の晩や。

せっかくの正月休み、もったいない話やないか・・・。


「そら石川のところは、寝正月いうわけにはいかんわな」

「課長!」

「まぁしかしな、その忙しさも子供が小さい間だけやで。すぐに正月休みが退屈になるから。
のうちだけや、存分に忙しい思いしとけ」

子供が中・高校生のところの課長は、俺のぼやきを羨ましそうに茶化した。

そんなもんなんかなぁ。そんなもんなんやろうな・・・

チビらの顔が思い浮かんで、遠いようで近い将来にふと寂しさを覚えた。

「課長・・・。俺もいずれ正月暇になったら、その時はつき合うて下さい」

「ああ、先輩として慰めたるから心配するな。ほな、ええ年をな」

「はい!ありがとうございます!課長もええ年を迎えて下さい」


各々挨拶を済ませ、しめ縄に飾られた会社の玄関を出た。


さあ!正月休みのスタートや!







大晦日前日(三十日)


・・・ガーッ!ガーッ!ズビィィー!!

「ふわあぁっ!!・・・何や!?何の音や!!」

いきなり耳の側で轟音がして、目が覚める。

「ああっ、もう!布団吸い込んでしもたわ!」

寝ぼけ眼で飛び起きると、妻の寛子が掃除機の口を力任せに引き離していた。

俺、寝てんねんで・・・いやそれよりも、スイッチ切ったらどうやねん。

一旦は飛び起きたものの、体はまだ睡眠を要求している。

当然や、一年間の仕事の疲れはそう簡単に取れるもんやない。

再度布団を被った途端、

「パパ!!いつまで寝てんの!!忙しいのはこれからやのに!!」

・・・ほんなら、会社での俺の忙しさは何やったんや。

「パパ!!起きてや!!ママがうるさいねん!!」

・・・どうせママの言うこと聞かんと、ゲームばっかりしてるからやろ。

「パパぁ!!お兄ちゃんが、ゆかのことあっちいけっていう!!」

・・・いつも泣かされるくせに、裕太の傍に行くねんなぁ。


掃除機の轟音よりけたたましい声に、一分も寝てられへんかったんは言うまでもない。







大晦日(三十一日)


毎年、年末年始は親父の家で過ごす。

朝一番、買い込んだ正月用品を車に詰め込んで移動する。


親父の家に着くと、すぐ我が家恒例の大晦日の墓参りへ。

昨日はあれから、大掃除と正月用品の買出しで一日が終ってしまった。

翌日にきっちり筋肉痛になるいうことは俺もまだ若い証拠やと、上がらん腕に顔を引きつらせながら先祖の墓前に手を合わす。

墓掃除を兼ねた墓参りでは、親父が主導権を握る。

「さてと、みんなでご先祖さん綺麗しよな。裕太とゆかは、水汲んで来てな」

「はい!おじいちゃん!ゆか、行こ!」

目の前に迫るお年玉額一番の有力者の声に、裕太の返事にも力が入る。

「隅っこの埃も取って、気持ちよう新年を迎えてもらわんとな。柾彦、ちょっと墓石ずらしてんか」

裕太は水汲みで俺は墓石か・・・子供はええな。痛む腕が、つい不埒なことを思う。

「パパ、大丈夫?腕、痛いんとちゃうの?私も手伝うわよ」

やっぱり俺の奥さんや。こんな時に、愛情って感じるもんなんやなぁ。

じ〜んとする熱い気持ちが、俺を奮い立たせる。

寛子に「大丈夫や、任せとけ!」と言おうとした矢先、横からお袋が手を払いながらしゃしゃり出て来た。

「大丈夫、大丈夫、墓石は柾彦とお父さんに任せといたらええのよ。
寛子さん、私らは草抜き
でもしましょうかね」

「はい!お義母さん!」

嫁にとって姑の言葉は絶対なのか、あっさり寛子はお袋の方に行った。

まあ、仲良うしてくれるに越したことはない・・・・・・。

そう思いつつも墓周りの草を抜きながら楽しげ
に話し込むお袋と寛子に、何故か先ほどの熱い気持ちとは別の力が入る。

「柾彦、もうちょっと右や。・・・よっしゃ、次は左」

「うおぉぉ・・・っ!!」







腕と腰が・・・。

墓参りを無事に終え、家に帰ると早々裕太にシップ薬を貼ってもらう。

「パパ、ここも貼っとく?」

「ゆかも、はる!」

「ゆかになんか、出来へん!」

「できるもん!できるもん!できるぅ!パパぁ!!」

ゆかが何でも裕太の真似をしたがるのはわかるけど、シップ薬は失敗するとひっつくからな。

「ゆか、見てみ。この薬、こうして上手に剥がさんと、すぐひっつくねんで。
ひっついたらむちゃく
ちゃ痛いで。な、ゆかにはまだ無理や」

「・・・ゆか、はがせるもん」

「ゆかが剥がしたら絶対ひっつくに決まってるんや!ひっついたら痛いのにぃ〜!ほうら・・・」

せんでもええのに、裕太が一枚ペロリと剥がして、いちびってゆかにひっつけようとする。

「こら、裕太。ほんまにゆかにひっつくやろ」

言うた尻から、シップ薬がゆかの手にひっついた。

「うわああぁぁんっ!!」

言わんこっちゃない、そら見たことか・・・。

すぐ剥がしてやっても強烈なシップ薬の刺激臭に、
ゆかは火がついたように泣き出した。

裕太もほんまにひっつけるつもりはなかったんやろう、ゆかの泣き様に驚いて顔が強張っていた。


一時が万事。つもりはなくても、ここは厳しく叱っておかんとあかん。


「裕太!ふざけるにも程がある言うのが、わからんのか!」

「ふえぇ・・・パパ・・・けど、ぼく・・・」

既に半泣きの裕太の手を掴まえて、膝に引き倒す。

「けど、何や。何を言い訳することがあるんや!」

ズボンごとパンツも引き摺り下ろして、手加減なしの平手を一発尻に落とした。

バチィ〜ンッ!!

「うわああぁぁんっ!!」

裕太もゆかと同じように、大きな泣き声を上げた。

容赦なく、続けざまに尻を打つ。

バチンッ!! パァンッ!!

二発三発目は多少手加減したものの、裕太には同じ痛さに感じたはずや。

「裕太、あれが手やったからまだ良かったけど、顔やったらどうなってたと思うんや。
強い薬が
表面に塗ってあんねんで。一瞬でも目に当たったら、ちょっと間あけへんようになるで」

「うええぇぇんっ!・・・ひぃっく・・ぐずっ・・ごめんなさいぃ・・・」

「そやな、最初にごめんなさいやな。せっかく裕太、パパの為にしてくれてたのに、
パパ怒らな
あかんようになってしもたやんか」

「パパァ・・・ごめん・ひっく・なさぃ・・ぐす、ぐすっ・・・」

最近は叱って尻を叩いてもそんなに大泣きすることのなかった裕太やけど、まだまだゆかと変わらんな・・・可愛いてたまらん。

三発で充分やな。

くっきりと赤く手形の付いた裕太の尻を撫でてやる。


「うわああ〜んっ!!パパぁ!!ゆかもぉ!!」

ああ、ゆか忘れとった。ゆかは、裕太が尻叩かれとってもヤキモチ焼くねんな。

はいはい、抱っこやな。

「パパぁ!!ぼくかって抱っこぉ!!」

抱っこて、なんぼゆかと変わらん言うても、お前もう四年生やで・・・う・・腕がっ!!



「あ〜、柾彦。陽の高いうちから贅沢やけど、ええ風呂やったわ。
この先に温泉風呂が出来て
んねん。お前も墓掃除で疲れたやろ、行って来たらどうや?」

親父、()らん思たら風呂行っとってんな・・・。それもひとりでゆっくり。

「パパ!ぼくも行きたい!おじいちゃん、ブクブクのお風呂もあるん!?」

「ゆかも!」

「パパと行っといで。ブクブクも泡泡(アワアワ)もあるで。凝りによう効く、薬湯もあるしな」

凝りによう効く薬湯!!俺もゆっくり浸かりたい!!ひとりで!!

「裕太とゆかは、ママとおばあちゃんと行ったらどうや。
おばあちゃん、風呂上りに裕太の好き
なジュース買うてくれるで」

「ぼく、もう四年生やで。女湯なんか嫌や」

たった今まで、尻叩かれて抱っこ言うとったくせに・・・。この際、裕太は仕方がない。

「ゆか、パパといっしょがええもん」

うわぁっ、可愛いなぁ!けど、ゆかは寛子に頼も。

「パパな、腕痛いねん。ゆか抱っこしてお風呂入られへんねん。ママと一緒に行ってな」

「柾彦、それやったら早よ行った方がええで。母さんと寛子さんやったら、入れ違いに風呂屋で会うたで」

うおぉぉ・・・っ!!わかったわ・・・墓掃除の時に感じた力、憤懣(ふんまん)や。・・・おのれ!!

正月の準備で忙しい言うてチビらの面倒押し付けやがって、風呂屋に行っとんのかいっ!!

「裕太!ゆか!行くで!!」

「パパ!待ってや!!ゆか!急げ!!おじいちゃん!行って来まーす!!」







・・・疲れを取るはずの風呂で、さらに疲れが倍増したような気がする。

まあしかし、これで一年の垢を落とし、何はともあれ晦日の晩や。

ようやく新年を迎える仕度が
整った。


親父の家は座敷で、掘りごたつの上に並べられた料理をみんなで囲む。

一応石川家の家長は親父から譲り受けているので、号令は俺が掛ける。

「みんな、一年ご苦労様でした。来年も良い年が迎えられるよう、元気で居て下さい。ほな、いただきます!」

さあこれから親父と酒を酌み交わしつつ、行く年来る年を堪能するんや!



「ねぇ、お義母さん、今年は紅白どっちが勝つんかしらね!?」

「そら、寛子さん、白組やわ」

「いや、今年こそは紅組やと思うで」

俺は紅白なんか見たないのに、寛子、お袋、親父の三人は、毎年楽しみで仕方がないらしい。

「毎年同じやんか。俺と裕太は他のん見たいよな。ゆかも、パパと同じの見たいよなぁ」

「うん!ぼくも紅白より、お笑いの方がええ!」

「ゆかもパパとお兄ちゃんと、おんなじのんみる!」

チビらを味方につけて、これで三対三や! 


「かまへん、かまへん、柾彦の好きなん見たらええ。
家族の為に一生懸命働いて、休みの時く
らい好きな番組見んのは当然や。お前はこの家の家長やで.」

「親父・・・」

思ってもみない言葉で返されて、しかもあのお袋が何も言わんとチビらの世話を焼いている。

「裕太とゆかは、年越し蕎麦先に食べてなさい。今日はよう頑張ったね。ご先祖さんも喜んではるわ」

「柾彦、今年一年お疲れさん。来年も頼りにしてるで。乾杯や」

「ありがとう!親父!」

何やかんや言うても、親父もお袋も俺を頼ってくれてるんやなと思うと、胸が熱くなった。

俺はみんなの為に頑張るで!!何があってもみんなを守る!!
墓掃除や風呂の時とはあき
らかに違った力が湧き上がって来て、ビールをぐいーっと飲み干した。

美味い!! ほんまに美味い!! 五臓六腑に染み渡るとはこのことや!!

親父と酌み交わす酒。昔は親父も怖かったけどなぁ・・・今ではすっかり好々爺や。

感傷が混じると、酒はなお美味くなるから不思議や。


「裕太もゆかも、すぐ眠ってしまいましたわ、お義母さん」

「そら、日中よう動いたもんねぇ。お風呂も蕎麦も、先に済ませといて良かったわ」

「何や、裕太もゆかも、もう寝たんか?せっかくTV見る言うてたのに」

「いつも子供らが居てると、ゆっくり見られへんて言うてるやないの。はい、パパ」

寛子の手酌で、グラスにビールが注がれる。

「おっ、すまん。お前も飲めや、美味いで」

「そうやね、じゃ、これに。ありがと、パパ」

親父もお袋も寛子も、みんな楽しそうに微笑んでる。

酒は美味いし、俺は幸せやー!!


「柾彦、美味いか、良かったな。もっと飲み」







元旦(一日)


「あ・・明けましておめでとうございます!」

自分の声で、頭がガンガンする。完璧に二日酔いや・・・。

「何やあんた、酒臭いな」

一応チビらの手前ということもあってか、お袋が小声で俺に囁きかけて来た。

「昨日の酒がまだちょっと残ってるみたいで・・・」

「子供らもおるのに、ええ歳してほどほど言うのがわからんのかいな」

「・・・すんません」



若干噛みながらもどうにか新年の挨拶を終えた俺の後を、親父以下ひと言ずつ続く。

「今年一年、みんな元気で居らなあかんで」

「寛子さん、今年も宜しうにね。柾彦と子供らのこと頼みますよ」

「はい!お義父さん、お義母さん、今年も宜しくお願いいたします」

「おじいちゃん!おばあちゃん!パパ!ママ!今年のぼくの目標は、早寝早起きです!」

「ゆかは、えっとぉ・・・ママに、おしりたたかれんようにする・・・ですっ!」

各々挨拶が終ったら、いよいよ裕太待望のお年玉や。

俺と寛子で一袋、親父とお袋で一袋、計二袋のお年玉を手にした裕太の、今年一番の笑顔を
見た。

お金の価値を裕太ほどまだ知らんゆかは、お兄ちゃんと同じように貰うことが嬉しいんやな。


「裕太、ゆか、お年玉仕舞って来なさい。御節とお雑煮、頂きましょ」

「はい!ママ」

「はぁい!ママ」

雑煮か・・・たぶん、餅の数聞いて来るな。

家の餅は丸餅の小ぶりのものを使う。普通のよりひ
と回り小さいので食べやすい。

ほんでも食べたないねんなけどな・・・はっきり言うて、吐きそうや。


「パパ、お雑煮のお餅何個食べる?」

「・・・一個」

「お義母さーん、柾彦さん一個や言うてます。お義父さんが三個、
お義母さんと私が五個、裕太
が三個、ゆかが二個ですね」

「何や、柾彦、食べる言うてんの?二日酔いの時はたいがい食べへんから、
いらん思てあの子
の分用意してへんやんか。正月早々、世話焼かす子やな」

勝手に決めんなや。餅一個増えただけやんけ、自分は五個も食うくせに。

こうなったら意地でも
食うたる。

そやけど寛子も五個とは、知らんかった・・・。


雑煮はすまし仕立て。御節は三段お重。

正月料理を楽しみながら、話が弾む。・・・昨日の紅白の。

「な、お父さん。白組が勝ちましたやろ」

「お義母さん!あそこは初出場の福山雅春のどす恋≠ェ、勝利のポイントやったと思います
よ!」

「いや初出場で言うんやったら、やっぱり山嵐やわよ!寛子さん!」

「紅組も良かったけどなぁ・・・。天丼よしみは、美空メジロの再来くらいに歌上手かったで」


・・・きっちり見てやがる。


最初から紅白を見るべく、俺を酔い潰して寝かす魂胆やったんや。

三対三。あまりにも相手が悪すぎた。

極めつけはお袋。

昔はコタツで寝転んでTVなど見ようものなら、だらしない言うて物差しで叩き回っとったの
に・・・。


―柾彦、枕持って来たったで。横になるんやったら、横になりや。TVぐらい横になってゆっくり
見たらええんやから―


有り得ん優しさにコロッと騙された。

TV見るどころか、ついええ調子で横になって気がついたら元旦の朝や。

それもコタツに俺ひとり・・・。


「そや、あんた途中で起こしたったのに、そのまま朝までコタツで寝て子供らに示し付けへんや
ないの。
ほんまに、だらしない」

お袋は雑煮の餅をバクバク食いながら、横目で俺を睨んだ。

もはや反論する気力もない。

面白いほど雑煮の餅を伸ばしては食うお袋の顔が、やたらクロー
ズアップされた。

我が親ながら、ごっつい顔やな・・・。ああ・・・その顔で思い出したわ。


―柾彦!起き!あんただけやで、蕎麦食べてへんの!蕎麦食べんと年越されへんで!柾
彦!!起きんかいな!!―


無理やり引き摺り起こされて、蕎麦食べさされたんや。


・・・後で寛子に、来年から餅は三個までにしとけて言うといたろ。




雑煮と御節の後は、近所の寺に初詣でに出掛ける。

・・・親父たちだけで行って来てくれへんかな。俺、留守番でええねんけどな。

「柾彦、早よ用意しいや」

「パパ!早よ行こうや!ぼく、おみくじしたいねん!」

やっぱり、そういうわけにはいかんな・・・。

仕方ない、お参りが終ったらチビらは親父たちに任せて、俺はどっかで休憩しとこ。


「ほんならお義母さん、あそこの出店のカステラ買うて来ますね」

「人多いから、無理せんでええのよ。晩の仕度は気にせんで、ようお参りして来てね」

「・・・・・・おかん、行かんのか?」

「わしと母さんは明け方に済ませて来たよってな。柾彦は寛子さんと子供らと、ゆっくり行っとい
で」


くそったれ!!何でこんな時だけ、別行動するんや!!




はぁ、はぁ・・・ぜぇ・・・息がっ!近所の寺いうても、電車で10分。

そこからさらに歩いて15分、
急勾配の坂の上にある。

「パパ!ゆかだけ、肩車ずるいやんか!ぼくも!」

アホ抜かせ・・・。どんな思いで、ゆか担いでる思うてんねん。

「ずるない!裕太もゆかくらいの時は肩車したったやろ!順番や!・・・こら、ゆか!頭の上で

ほたえたら危ないやろ!」


「なぁ、パパ。お義父さんもお義母さんも、何も暗がりの寒いときに行かんでも私らと一緒でええ
のにね。
私に気ぃ遣こうてくれてはるんやねぇ」

寛子には、親父たちの気遣いと映っているようやった。

それやったら、それでええけど・・・。

・・・そやな。そう思う方が、幸せでおれるやんな。


人混みを掻き分けやっと辿り着いた境内で、俺と寛子、裕太とゆか、家族揃って家内安泰の祈
願をする。


パンッ!パンッ!


大きく打つ柏手に、祈願成就を込めて。







正月(二日〜四日)


元旦の翌日は、親戚近所の年始廻り。迎えたり訪問したり。

二日は、元旦より忙しい。

裕太もここぞとばかりに、お年玉獲得に余念がない。たぶん一年で一番ええ子やろな。

晩は隣近所誘い合わせて、鍋を囲む。

いずれ親父たちの家で暮らすようになるので、寛子やチビらのためにも特に隣近所の付き合
いは懇意にしておかんとあかん。

親父のところで正月を過ごすことは、普段あまり意識せえへんところにも気付かされることが多
い。



三日は親父たちも一緒に、デパートに行く。

裕太はさっそく貰ったお年玉でおもちゃの品定めをしていた。

ゆかはまだ無理やから、寛子が一緒に選んでやる。

「ママ。ゆかな、お人形さんとおままごとセットと、二つほしい」

「二つはあかんよ。お金足らへんでしょ」

「おばあちゃ〜ん。ゆか、おかねたりひんねんて・・・」

「おばあちゃん出してあげてもええけど、ほしたらどっちか一つはおばあちゃんのになるから、

ゆかのお家には持って帰られへんで?な、二つ買うても同じやろ」

言い方は優しいけど、言うてることはやっぱりお袋やな。

まっ、お袋やったらほんまに渡しよら
んやろ。

ゆか、あきらめ。お前のおばあちゃんは、そんな甘ないで。


裕太はどうせゲームやろと思っていたら、意外なものを買っていた。

「裕太、それ、何や?」

「パパ、これ知らんの。ベイブレードや」

「ベイブレード?」

「コマやんか。欲しかったん、三個とも買えてん!」

ベイブレードは色や種類も様々で値段も一個千円前後と手頃なこともあり、裕太でもお年玉の
範囲内で充分数を買うことが出来たようやった。


プラスチック仕様で丸型、紐を引いて回す。

相手のコマを弾き飛ばしたりする、遊び方の基本
は昔のコマと同じらしい。


「時代やな・・・」

親父の呟きが聞えた。




その晩、裕太とベイブレードをする。

知らんかったいうても所詮子供のおもちゃや、裕太の見よう見真似で簡単に出来た。

が、対戦となるとこれがけっこう難しい。・・・裕太に勝てん。

何べんやっても、弾き飛ばされる。何でや!?


「もぉっ!パパ、弱いな!弱すぎて勝負になれへん。
おじいちゃん、さっきから説明書ばっかり
読んでるけど、ぼくが教えたるで」

調子に乗りくさって・・・。

俺たちの対戦を、説明書を読みながら観戦していた親父は、裕太に促されるままに腰を上げ
た。

「そうか、ほな、相手してもらおか」

「親父、わかるんかいな。いきなり対戦は無理やで、子供のおもちゃ言うても案外難しい・・・」

「お前は黙って見とき。さ、裕太しよか。おじいちゃんの、これ貸してな」

「いきなり対戦でええのん。何ぼおじいちゃんやから言うても、手加減はせえへんで」

「ああ、ええで。ほんまに裕太もパパの子やな」

俺の子に決まってるやんか。

どういう意味やねん・・・と聞くまでもなく、親父の言葉は瞬く間に
立証された。


カチーンッ!


一発で裕太のベイブレードが弾き飛ばされた。

「・・・今のん、ぼくの失敗や!!」


カチッ!カチッ!カチーンッ!

「嘘ッ!ちょっと待って!もっかいや!!」


カンッ!!

親父、強ッ!!

「おじいちゃん!したことあるんやんか!めちゃくちゃ強いやんか!!」

「いいや、初めてやで。相手のコマを弾き飛ばそうと思うたら、回転の勢いも大事やけど
角度が大切なんや。
説明書通りに動かせたら、基本は昔のコマと同じやな」

そう言えば親父、コマ回し強かったもんなぁ。俺なんか一度も勝たれへんかった。

「おじいちゃん!ぼく、教えたるとかえらそうなこと言うて、ごめんなさい!」

「裕太、形や機能が違っても、コマの基本は同じなんやで。そこをよう考えて練習してみ。絶対
強うなるから」

「ありがとう!おじいちゃん!ぼく、頑張って練習する!絶対おじいちゃんに勝つんや!」

負けず嫌いの裕太が、負けてありがとうか・・・。

俺は親父にコマで勝つより、その辺のところを勝ちたい。


「さすがやな、親父」

尊敬の気持ちが、自然と口をついて出た。

「どう言うことないわ、所詮子供のおもちゃやしな。まあ、お前には難しいようやけど」


けんもほろろとは、このことか・・・。




正月休み最終日。

大荷物を抱えて、昼過ぎに我が家へ帰る。

明日から会社か・・・。

あっと言う間なんはわかりきってたことやけど、既にヘトヘトなんはどうしたことや。

せめて後半日、もう何もすることはないな。

リビングでTVを見ながら横に・・・

「パパッ!ベイブレード、練習するで!」

「パパぁ!おままごとする!」

チビらがおった・・・。

「パパ、明日から仕事やねん。ちょっとゆっくりしとかんとな。裕太ひとりで練習出来るやろ」

「え〜っ、おじいちゃんの家でゆっくりしたやんか」

この認識の差は、埋まることはないんやろな・・・。


「パパ、おままごとぉ!お兄ちゃん、いやや言うてあそんでくれへん」

そら、そやろ。俺かて、いやや。

「昨日はゆか、誰とおままごとしたんや」

「おばあちゃん!」

「ほんなら、今日はママとしたらどうや」

「ママ、電話中やで」

俺の誘導を、バッサリ裕太が遮断する。

「ママおはなし中やから、パパにあそんでもらいなさいって言うたもん」

目をダイニングに向けると、椅子に座って話し込んでいる寛子の姿が見えた。

「・・・そうやね。ええっ!ほんま!?お母さん、良かったね。
私も柾彦さんのところで、ええお正
月させてもらったわ。ゆっくり出来たしね・・・うん、うん・・・」

長電話の寛子の声が心地よく俺の耳に届いたのは、その声が嬉しげに弾んでいたからかも知
れん。


「パパは忙しいんや!ゆかと遊んでるヒマなんかないねん!
ぼくと特訓せなあかんねや!あっ
ち行け!」

「うわあぁ〜ん!パパぁ!お兄ちゃんが、あっちいけって言うたぁ〜!!」

「パパ!ゆか、すぐ嘘泣きする!そんなん、あかんやんなぁ!
ぼくいじめてへんで!なぁ!パパ
ぁ!!」



俺の正月休み、ゆっくり出来たかどうかはともかく、

今年もええ正月休みやったことだけは間違いない。







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